はじめに

質量分析イメージング(MSI)では、まず組織の極薄切片を切り出し、スライドガラス上に貼り付けた後に、マトリックスと呼ばれるイオン化剤を塗布し 、サンプルを調製します。次に、サンプルを質量分析装置に導入後、一定の区切られた領域ごとにレーザー光を当て、その領域のマススペクトル(MS)取得を繰り返すことで切片中の指定したエリア全体のMS情報を得ます。そして最後に、それらのMS情報を分子イオンピークごとに解析することにより、ターゲットとする化合物の分布が得られます。今回はこの質量分析イメージングによりどのような事が分かるのか様々な事例とともに紹介いたします。

マウスへ投与した抗がん剤(エルロチニブ)のMSI

一つめは、マウスへ投与した抗がん剤(エルロチニブ)の肝臓と脳内におけるMSIについてご紹介いたします。

上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害剤(EGFR-TKI)であるゲフィチニブは、EGFR変異陽性の非小細胞肺癌の約8割に腫瘍縮小効果があると言われていますが、治療経過中に脳転移や髄膜播種が起こった場合、長期的なコントロールが困難で予後も不良となります。非小細胞肺癌の脳転移患者で、ゲフィチニブで効果がなかった場合でも、エルロチニブでは有効である可能性が示されています。では実際、マウスの肝臓と脳内のMSIではどのように見えるのでしょうか?

以下は、マウスへ投与したエルロチニブの肝臓と脳内におけるMSIの結果ですが、エルロチニブの脳内分布ならびに移行を定量的に評価できることが示されました。

[参考文献] Takeo E and Shimma S.: Surf Interface Anal. 51, 21(2019).

マウスへ投与した抗がん剤(オラパリブ)の乳がん皮下腫瘍組織におけるMSI

オラパリブは、分子標的治療薬の一種であり、癌細胞特異的な活動をブロックすることを目的として開発された薬です。また、BRCA遺伝子に変異のあるHER2陰性(ホルモン陽性もしくは陰性)の場合に使用できる薬剤となります。(日本人では、乳がん全体の約3~5%にBRCA遺伝子変異があると言われています。)

では実際、マウス乳がん皮下腫瘍組織のMSIではどのように見えるのでしょうか?

以下は、マウスへ投与したオラパリブの乳がん皮下腫瘍組織におけるMSIの結果ですが、オラパリブは投与後に壊死部に蓄積する傾向が示されました。

[参考文献] Shimma S. et al. : J Mass Spectrom. 2013; 48(12):1285-90.

マウス脳内におけるドーパミンの分布

ドーパミンは神経伝達物質の一つで、カテコールアミンと呼ばれる種類に属し、チロシンから酵素の働きによって合成されます。また、快く感じる原因となる脳内報酬系の活性化において中心的な役割を果たしています。また、パーキンソン病や統合失調症とも深く関連しているとされています。では実際、マウス脳内のMSIではどのように見えるのでしょうか?

以下は、マウス脳内におけるドーパミンに関するMSIの結果ですが、線条体に集中的に分布していることが示されました。

[参考文献] 新間秀一ら,分析化学 65, 745, 2016

マウス大脳でのリン脂質に関するMSI

脳の構成成分の約60%は脂質です。その脂質の内訳は、コレステロール約50%、リン脂質約25%、ドコサヘキサエン酸(オメガ3系)が約25%となります。リン脂質は両親媒性を持ち、脂質二重層を形成して糖脂質やコレステロールと共に細胞膜の主要な構成成分となるほか、生体内でのシグナル伝達にも関わっています。

では実際、さまざまな種類のあるリン脂質について、マウス大脳でのMSIではどのように見えるのでしょうか?

以下は、マウス大脳でのリン脂質に関するMSIの結果ですが、アルキル鎖の長さの異なるC16:0とC18:0の分布状態の差が明確に示されました。

[参考文献]  Shimma S et al., AnalChem, 80, 878, 2008

まとめ

いかがだったでしょうか?

今回は4つの事例をもとに質量分析イメージングでどのような事が分かるかご紹介いたしました。

他にも様々な事例ございますので是非お気軽にお問合せよりご相談くださいませ。